14歳の夏、ダイアナ妃が事故死する直前に来て以来2回目のフランス。
ダッカを出るときに、ゲストハウスにいた、少年使用人(kid servant)と一緒に英語の本を買いに行き、彼を雇っているオーナーに小額だけれど学費として使って欲しいという事でお金を残して来た。
彼は、スラム出身の11歳で、半年前からゲストハウスで、滞在する学生の身の回りの世話、掃除、洗濯など色々な細かい仕事を任されている。昼間の二時間だけ学校に行かせてもらい、残りの時間は全てゲストハウスにいる。
とある北欧からの学生は、「あれは児童労働でありえない。気分が悪いわ」というような事を言っていた。
スラムには行く機会に恵まれなかったが、ダッカの街を見れば、スラムの酷さは想像がつく。清潔の対極に位置し、学校どころか、病院に行く事もままならなかったのだと思う。
どんな縁だったのかは詳しくは聞いていないが、半年前からゲストハウスで雇われている。使用人なので、寝るのは床にマットを敷いて寝るし、食事はキッチンの片隅の床に座って食べる、滞在する海外からの学生にお菓子を出す一方、彼は一切手をつけない。
最初、彼が色々な手伝いをしてくれる事に対して抵抗があった。慢性的な低栄養のせいだろうと思うが、小さく、7、8歳に見える彼が、洗濯物の回収、ベッドメイキング、掃除など、黙々とこなす姿を傍観している事には抵抗があった。
勿論、先進国の豊かな生活の陰には常に貧しい人の献身的な労働があることは分かっているし、今までも、途上国で物乞いの少年少女は見た事があるが、今回は、自分が直接的に使用する立場として接した。
何日かしてから、特にきっかけがあるわけはないが、彼を労働者として接する事にした。彼は英語を全く理解しないし、僕はベンガル語を殆ど話せないので、身振り手振りではあるが、彼に色々お願いをする様にした。
恐らく、児童労働の定義を見れば、彼は恐らく「児童労働させられている」のだと思う。しかし、彼のここに至る背景、国の状況を考えると、この労働は彼にとってマイナスに働くどころか、むしろチャンスを与えられているとさえ思った。
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